来 歴

青春遺棄


 過去の記憶が 山査子に似た花をつけている危なつかしい路地を
もどつて行くと トンネルの長いくらやみが私を待つている その
向うは ただぼうぼうと原野の形をした世界になつていて 白いか
とみえた花の色も ひつそりと歩いて行く私の影さえも もうさだ
かでない

 そこは来る日も次の日も雨が降つていた その虚無にぼかされた
向う側の世界から何ものか女王のようにやつて来て 私の存在の貴
重な一つかみを掠めとつて行つたのだ 誰の過ぎて行く季節にも花
らんまんの春がつきものなのに 私のそこだけはぽつかりと穴があ
いている

 さびしい地上を東から西へと遍歴し 卑猥な孤独を目やにのよう
にためてみる 背後では百一番目の花が音をたてて開きかけるが
憂鬱な霧ははれるわけはない 鋼鉄の腕を組んで現代の恋人たちが
すれちがうとき それが合図でもあるかのように私の視野は一しお
暗くなる

 太陽は病んで久しい あの蒼ざめた天は 巨万の光芒をうずめる
に足る底ぬけに広い墓地だ 豪華な文明のおとし穴に落ちこんでし
まつたのは 私の青春だけではないらしい だから明日咲く花 明
日輝く太陽を夢に見ながら 私は少し明るい次の時代へはいつて行
こうとする


 

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